社長コラム

COLUMN

戸惑い

Aプラン撃沈 --------- 結果としては最初からつまづいた形になったが、まぁ致し方なしとも思っていた。別に強がっている訳ではなく、現実論としてこんな簡単に上手くいくかな?という疑問は少なくともあったからだ。かと言って、行動している時に手を抜いたり、妥協したりする事はなかったと胸を張って言いたい(あくまでも自分に)。ただ、この時点で勉強になった事がたくさんあったことも事実だ。業界のリアルな現状と人材ニーズや成長しているCG業界など、まさに学校では教えてくれなかった業界内部を少しだけでも垣間見る事ができた。そして何よりも、改めて社会の強靭さを知らされたという事が一番大きかった。

本来ならばここですぐにBプランにとなるのだが、実を言うと暫しの間だけ立ち止まってしまった。なぜかというと、様々な意見に苦悩したからだった。

このAプランを実行した期間(実質4ヶ月ぐらい)の経緯をお世話になった人々に報告しようと思い、できる限りたくさんの人々に会いに行った。そして、報告に対してアドバイスなどもたくさん頂いたのだが、それらの意見はバラバラだった。「やめた方がいいんじゃないか」、「もっと出来る仕事があるよ」、「もっと現実をみろよ」、「うちの会社にこないか」などなど・・・。嬉しかったり悲しかったり。腹が立ったり恥ずかしかったり・・・。本当にたくさん意見してもらった(本当に感謝してます)。しかし、このたくさんの心ある意見が私を激しく悩ます事になっていった。

悩みの原因は最初に決めた自分ルールだった。果たしてこのままでいいのだろうか・・・。 ------ 「やりたいって言ってたのはウソだったのか!お前はそんなに弱かったのか?頑張れよ!まだまだ始めたばかりじゃないか!」とマイエンジェル君が私を罵り、そして励ます。「そんなに頑張ったって保障があるわけでもなし、誘ってくれてる仕事に就いておけって。お前向きだし、金もそこそこだ。気楽にいこうぜ!」マイデビル君が私に囁く。 --------- 眠れない日々が続いた。そして、次第に夜になるのが恐くなってきた。昼間起きている間は様々な人々と話をすることによって気が紛れたが、夜になって布団にもぐると、様々な葛藤が浮びは消え、消えては浮びして、場合によっては朝まで眠れない日もあった。

「このままではまずい。何か行動をしよう。」自分を叱咤するようにして行動を開始した。少し時間が掛かったがBプランの始動であった。

動き出したら少し吹っ切れた。やはり停滞は後退と同じで何も生み出さない。ましてや新しいチャレンジをしようとしているのにじっとしていては発想が貧困で消極的になっていってしまう。チャレンジに痛みは付き物だし、全てに於いてスマートに思う通りになんていかないものだと頭から思えれば何事もネガティブに見えたりはしない。「そんな楽天的に全てを考えられない」とも言われたりしたが、そのポジティブシンキングが今日までの自分を支えて来てくれたのは事実であり、そしてたくさんの素敵な出会いももたらしてくれた。たぶんこれからもこの考え方は変わる事はないだろう。多分に根性論的で明確なものではないから声高に叫んだりする事ではないかもしれないが、私はこの考えで少し人生の得をしていると心密かに思っている。

天気のいい日には外に出て仕事を探しに行った。ハローワーク、求人雑誌、就職斡旋、知人の紹介などなど・・・。様々なところに出て行っては話を聞いた。自分がデザインを通じてやりたいモノ作りとは何か。そして、どのようにして社会に貢献できるのか。そのゴールに向うにはどのようなアプローチを取っていくべきか・・・。前向きな悩み事に夜もすんなり眠れるようになっていった。と同時に、確実に自分の心に火が点いていくのを感じた。

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