社長コラム

COLUMN

世相

印刷屋でのアルバイトも2ヶ月目が終了した頃、少しずつ会社の仕事が減りだした。忙しさのピークが過ぎたのだろうか?と思っていると、社長から呼び出しを受け、遠まわしに「会社が厳しいから辞めてくれないか」と頼まれた。私は、会社の状況や厳しい世相から鑑みて、止むを得なしと判断し、社長の申し出を受け入れた。するとその場で、その日までの賃金を日割計算したお金が入った給与袋を手渡してくれた。小銭で重かった。挨拶をし、部屋から出、そこでお世話になった人たちにお別れをして会社を後にした。「明日からどうしよかなぁ」などと考えていると、外に出たところで社長がやって来て、「ほんま堪忍やで、これ少ないけど臨時ボーナス」といって、後ろポケットから2つに折りたたんだ封筒を渡してくれた。封筒の中には 5,000 円札が1枚入っていた。そして、「また、遊びに来てな」と私の肩をポンと叩いてまた会社に戻っていった。言葉にし難い何か凄く苦いものを呑まされたような気がしたのをとてもよく覚えている。遣り切れない思いが錯綜した。

その後、社長が言って下さったように何度か遊びに行き、私が別のところで働いた時には印刷をお願いしたり、また、うちが会社を立ち上げた時、様々な印刷物を破格な値段で引き受けて下さったりした。が、そんな会社も今は存在しない。そして、社長とも連絡が取れなくなっている。少し芝居じみているが、本当のお話。

「少しゆっくりしよか」などと言っているゆとりもお金もないので、すぐさま次の仕事探しに専念した。が、相変わらず薄い求人情報誌にそんな都合よく望む仕事がみつかるはずもなく、ネットやハローワークを駆使しながら、求職する日々が続いた。そして、探し始めてから2週間目ぐらい経ったある日、いつものようにコンビニで求人情報誌をパラパラとめくっていると、ありました。ようやくありました!『 CM 制作アシスタント募集』うおー!待ってました。この手のお仕事。ちょっと変わっていて面白そうだ。『やる気があれば初心者でも歓迎いたします』ありがたい。やる気は常に満タンですよ。ドンとこいって。

ということで、雑誌を握り締め一目散に自宅に帰り着いた私は、急いでこの会社に電話をした。すると、明日にでも面接をしてくれるというので、早速、気合を入れて履歴書と職務経歴書を書いた。

ここで少し話しがそれるが、『履歴書』と『職務経歴書』について少し触れておきたい。この2つの求人に必要不可欠な書類はやはりかなりしっかりしたものを書かなければいけない。今の私は履歴書等を読む側に立っているが、昔はやはり提出する側だった。大学4回生の就職活動の頃、一生懸命にこの履歴書の書き方を研究したものだ。本を読んだり、友達と意見を交換しあったり、時には OB に意見を聞きに行ったりと、あらゆる手段を講じてこの書類を完成度の高いものにしようと努力した。それは、いかにして人事担当者に書類審査で選んでもらうか、ということに焦点を定めるのはもちろん、それ以上に自分をいかにしてアピールするかということに重点を置いて作成したものだった。そして、その努力はそれなりに結実し、内定を頂くことはもちろん、自己の鍛錬と経験という思わぬ副産物を得るに至ったと、これまたそれなりに自負している。

そして今、先ほども書いたようにその履歴書を読み、選考する側になっている訳だが、業界的な問題なのか、それとも、単にそういう人たちが多いのか判別する事定かではないが、送付されてくる履歴書に愕然とする事が頻繁にある。ということで、次回はその履歴書について少し触れたいと思う。

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